欺罔の人(上野)
都市部から少し離れたその町は、人口としてはそれなりの規模だが合併を繰り返しなんとか人口と経済活動を保っているだけの、さびれた空気の滲む町だった。町の住宅地と中心部の境にある使われなくなってから随分と放置された、廃墟のような空きビルの一室に男が一人佇んでいた。男はどこか困ったような、泣きだしそうな顔をしている。しかし別にこれといった原因があるわけではない。単にそういう顔だというだけだ。
だから、彼の憂いある表情と彼の目の前にあるモノ――銃口を咥え、頭を撃ち抜かれている男の死体――はまったく関連がない。銃を咥え自ら引き金を引いたようにしか見えないその死体は、彼の〝仕事〟の結果でありそれ以上でも以下でもなかった。
ギノルタ・エージ。
統和機構の監察官である彼は機構を裏切った人間を処分するのが仕事だ。ギノルタに裏切りを咎められた男が自ら引き金を引いた、そう処理されるだろう。実際にこの死体が裏切り者であったことは事実であるし、それで何の問題もない。たとえ殺したのがギノルタで、男は抵抗する間もなく本人も気づかぬうちに殺されたのだとしても、だ。重要なのは男が機構を裏切っていたこと、その結果裏切り者が死んだということだけだ。その過程に意味はない。
組織が大きくなれば不都合な人間が多くなるのが常だ。世界を裏側から支配しているといってもいい統和機構においてそれは顕著だった。機構によって造られた合成人間も、協力者であるただの一般人も、あるいは機構内でかなり重要な立場にいる者であっても裏切り者はでてくる。それぞれ理由はあるのだろうがギノルタ・エージの気にかける事ではない。ただ統和機構にとって障害となるものを排除する、それだけの事だった。
ヴーヴーと携帯端末の振動音がメッセージの受信を告げる。暗号化されたファイルの中身は次の仕事だ。ギノルタは数秒間そのメッセージを見つめて直ぐに破棄すると表情を変えることなく立ち去った。ゆったりとした足取りの、コツコツと神経質な音が廃屋に響く。
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