月と狸と夜明けまで(桐とろ)
ぱたん。次いで、ぱたぱた……。ドアを閉めて、小さな足音が遠ざかっていくのを聞いて、俺はにわかに身体の力を抜く。
「もういいぞ、ハリウッド」
ソファの背もたれ越しに話しかければ、微動だにせずたぬき寝入りを決め込んでいたこの男も、隙間風みたいにため息をひとつついて、うっすらと目を開けた。
あんなに眠そうにふらふらしていても、さすがに慣れない環境で朝までぐっすり、とはいかないらしい。完全に寝入ったと思っていた詩歌さんは、今度は喉が渇いたと言ってリビングに寄っては、ハリウッドの様子を審判さながらにチェックし、今にも落ちそうな瞼を擦りながら部屋に戻っていった。多分あと一、二回は起きてくるかもしれない。
「こりゃあ、今夜は大人しくしといた方がいいな」
「……やれやれ」
「眠れないなら寝かしつけてやるぞ」
睡眠の必要がない――というか、やろうと思ってもできない俺たちの間で、それは何よりも明確な冗談だった。声色をわざとらしくしなくても誂いだと理解できる。実際、ハリウッドが緩慢に寄越した視線は、呆れとか鬱陶しさとか、そういうのを含んでいた。――が。
「? ……なんだよ」
感情の色が薄い瞳に、予想する反応以外のものが混ざっている気がして、思わず口に出してしまう。こういうとき、こいつ相手に表面を取り繕っても意味がない。俺が何を察したか、何を疑問に思ったか、よく磨かれたガラス窓もかくやと言わんばかりに筒抜けなのだ。能力というよりは、単にこいつが敏いだけなんだが。
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