Quiet hour
2024.07
グレー(桐とろ)
サマータイムマシーンの夢(マキノン)
「八月」 それが彼の回答だと、気づくのに少し時間がかかった。 タイムマシーンがあったらいつに行きたい? なんて、いかにも俗な質問だ。別に、答えが返ってくるなどとは思っていなかったのだ。 八月に行きたいのか、と尋ね直せば彼は小さくうなずいたが、まるでひとごとのようだった。 さて今、...
ジンクスハラスメント(マキノン)
四月のおわりの時期だった。「桜の花弁が……地面に落ちる、その前に……捕まえることができたものは、願いが叶う……。そういう、古いジンクスがある……」 握り込んだ手のひらに、なにか、小さな違和感がある。ギノルタ・エージがおそるおそる閉じた手を開いていくと、そこに見つけたのは小さな、...
変わらぬもの(五月病患者)
運命の女神は三人いるという。 クロト、ラケシス、アトロポス。それぞれが運命の糸を紡ぎ、その長さを測り、断ち切る。 これによって人間の運命が決定されると言われている。 しかし、運命……それそのものがどこに向かっているのかは誰も知らない。 ――――――――― 窓際にまるで鬼太郎...
-(ヤノ)
欺罔の人(上野)
都市部から少し離れたその町は、人口としてはそれなりの規模だが合併を繰り返しなんとか人口と経済活動を保っているだけの、さびれた空気の滲む町だった。町の住宅地と中心部の境にある使われなくなってから随分と放置された、廃墟のような空きビルの一室に男が一人佇んでいた。男はどこか困ったよう...
身から出た錆(参)
雑踏の中、頭二つ分高い後ろ姿が見えて眉を顰めた。足を引いて方向を変えかけて、それよりも一瞬早く、こちらを向いたそいつと目が合う。そのまま大股で早足にやってくる――舌打ちをひとつ。「ギノルタ……! この辺りで猫を見かけなかったか? 黒と茶色のサビ猫というやつで、」「知るか」「そ、...
ミルクと狸と深夜二時(参)
どこにでも〝潜れる〟とはいえ、どこもかしこもそうして済ませるほど無精というわけでもないので、長谷部は渡されていた鍵を素直に回して扉を開けた。チェーンを外されていたのは幸いだった。チャイムを鳴らして中の者を呼び付けたくなかったのは、詩歌が眠っているかもしれないと思ったからだ。深夜...
月と狸と夜明けまで(桐とろ)
ぱたん。次いで、ぱたぱた……。ドアを閉めて、小さな足音が遠ざかっていくのを聞いて、俺はにわかに身体の力を抜く。「もういいぞ、ハリウッド」 ソファの背もたれ越しに話しかければ、微動だにせずたぬき寝入りを決め込んでいたこの男も、隙間風みたいにため息をひとつついて、うっすらと目を開け...